馬喰町ART+EATのランチのレシピを作っている料理研究家・小川美穂が綴る「世界の食をめぐる」楽しいエッセー。実際に滞在したアフリカや中近東の国々のおいしい家庭料理の作り方や、「食」をキーワードにして観たそれぞれのお国柄、興味深いエピソード満載のページです。
小川先生も活躍している中近東アフリカ婦人会から発行されている人気料理本『アフリカン&アラブクッキング』は馬喰町ART+EATで常時ご購入頂けます。
中近東アフリカ婦人会
http://www.yamaboshi.com/africa/
ホモス=hummusは代表的なアラブ料理の一つで、私は常々、始めてホモスを食べる方には「レバノンのデトックスフード」と説明しています。
ホモスの主な材料は、ひよこ豆とタヒニ(ゴマのベースト)ですが、繊維質が豊富なひよこ豆は、レバノンでは料理に欠かせない健康食材として重宝されています。それはちょうど日本料理における大豆のようです。
ホモスをフムスという人もいるようですが、アラビア語の「h」の発音は日本人には非常に難しくて、喉から絞り出すように「ふほっ!」と発音しなければなりません。ですから、私たち日本人にはhummusの「hu」は「ホ」と「フ」の中間の音に聞こえ、ホモスと言ったり、フムスと言ったりするのでしょう。
私には、「ホモス」という言い方のほうが、太古の昔から栄養の塊のように愛され続けてきた白くもったりしたこの食べ物にはぴったりするように思えるので、ここではホモスと呼ぶことします。
レバノン人なら子供からお年寄りまでみんなホモスが大好き。彼らにとってホモスは人生になくてはならない食べ物の一つで、どこの家でも、毎食、食卓に並べられます。
また、ホモスは華やかなパーティーのときの前菜にも欠かせません。そして、病気のとき、悲しいときには、いつも彼らを応援してくれるソウルフードなのです。レバノン人の友人が「私たちの身体の3分の1はホモスです」と、冗談を言っていたのを思い出します。
ホモスはいつもピタハンと対でサービスされますが、ホモスはピタパンに塗って食べるのではなく、ピタパンでホモスをすくって食べるのが正式。つまりディップなのです。
家庭によって盛りつけのデザインが少しずつ違い、それぞれの家に伝わるデザインがあって、私は彼らの家に食事に呼ばれたときは、ホモスのデザインを見るのが楽しみでした。一般的には少し深めのお皿に盛りつけ、フォークの先で模様をつけたり、スプーンの先で押してくぼみをつけたりすます。私にホモスの作り方を教えてくれた先生は、必ず5〜6粒のひよこ豆を飾りの為に残しておきなさいと言っていました。
飾りつけが終わったら、最後にスマックといわれる赤い色の香辛料をかけ、フレッシュなオリーブオイルを軽くふりかけてできあがりです。
スマックは、ウルシ科のスマックという木の実を乾燥させて挽いたもの。日本のゆかりのような色と形をしていて味も酸っぱいのですが、ゆかりとは微妙に味が違い、やはりアラブ独特の風味が致します。この風味が、ホモスにアクセントを与え美味しさを引き立ててくれます。
ホモス以外にもサラダのトッピングとして使ったり、また朝食の目玉焼きやオムレツにスマックをふりかけて食べることもあります。スマック一つで何となくアラブの味がするように思える不思議な香辛料です。
レバノン料理におけるひよこ豆は、シチューやスープに入れたり、ご飯に混ぜて炊いたり、また、ファラフェルの材料にもなります。
ひよこ豆はレバノン料理だけではなくさまざまなアラブ料理のレシピに登場します。煮くずれしにくく、しっかりした食感が残るため、食材としての存在感があります。さらにいいことには栄養化が高い。それもひよこ豆が人々から愛される所以でしょう。
◎材料(4〜5人分)
ところで、ミキサーやブレンダーがなかった時代には、レバノンの家庭ではどのようにして豆をペースト状にしていたのでしょうか? 日本のようにすり鉢を使っていたのでしょうか? 私はふとこのことが気になって以来ずっと、この疑問を持ち続けているのです。今度レバノン人の知人に会った時には、ぜひ質問することにしましょう。
恋人同士のようにも聞こえるこの2つの名前、実はサラダの名前なのです。
カイザーサラダ(シーザーサラダ)は、レタスにクルトンとパルミジャーノレッジャーノ(チーズ)をトッピングして、アンチョビペーストの香りのきいたドレッシングを絡ませていただく、世界中で愛されているサラダです。特にアメリカのステーキーハウスでは、カイザーサラダの盛りつけやドレッシングの美味しさを競い合います。お客の心をつかむという点ではステーキの味のよさ以上にカイザーサラダの完成度が重要なセールスポイント。これが店の人気を左右するといってもいいくらいです。
一方のファトゥーシュは、アラブの伝統的なピタパン入りサラダ。もちろんレバノンでもよく作ります。これらのサラダの共通点は、どちらも乾燥させたパンをパリパリに焼いてサラダにトッピングするというところです。
私はファツーシュのパリパリに焼いたピタパンが、カイザーサラダのクルトンの発想の原点になっていたのではないかと想像しているのです。
年代のラスベガスは、今と同じようにショービジネスが盛んでした。
当時、ショーをみながらディナーをいただいていた私は、テーブルに出されたカイザーサラダに度肝をぬかれました。
ナイフとフォークでいただくカイザーサラダに出会ったからです。
それは、ローマンレタスを二つに切っただけのシンプルなカイザーサラダで、ワイルドといってもいいくらいでした。
しかし、パルミジャーノレッジャーノもドレッシングも濃厚でよくローマンレタスと絡み、これぞカイザーサラダの極めつけといってよいほどの一品だったのです。
そんなわけで、私はカイザーサラダにはこだわりがあります。
まず、カイザーサラダはローマンレタス(ローマンは英語でローマの意味)でないと意味がないということ。
次に、トッピングのチーズはスライスしたパルメジャーノレッジャーノの方がよいということ。粉チーズでは力不足なのです。最後に、クルトンはホームメードに限るということです。
クルトンの作り方は残ったパンを適当な大きさに切って乾燥させて、トースターでカリッと焼きます。余計な香辛料はいりません。それは、ドレッシングにしっかり味を付けてさえいればクルトンはシンプルな方が美味しいからです。
また、ドレッシングの量は多くても少なくてもダメなのです。サラリと絡まっているのがベストの状態です。ですから、ドレッシングをかけるタイミングは食卓で食べる前に手早く行うのが好ましいのかもしれません
◎材料(4人分)
ファトゥーシュはレバノンの代表的なサラダです。
レバノンのサラダというとタブリが有名ですが、タブリがメッゼ(アラブの前菜料理)に欠かせないサラダだとしたら、ファトゥーシュはメイン料理としてもいただける存在感のあるサラダです。
作り方は簡単。
乱切りしたトマトとにんにく1片のみじん切り、レモン汁適量をボウルで合わせ、トマトの甘さとレモンの酸っぱさを活かしたドレッシングを作ります。
そのボウルに、レタスやキュウリ、パセリ、ミントなどの野菜と焼いたピタパンをちぎって加え、ザックリ混ぜて、最後にレバノンの香辛料スマックをふりかければできあがり。
さわやかなミントの香りは夏の暑さを忘れさせてくれ、スマックの赤い色と酸っぱさは日本のユカリにも似てさっぱりとし、夏の疲れをいやしてくれるのです。
また、ピタパンは、カリカリに焼いて食べる直前に入れるのがおすすめです。
こうすると、ピタパンがドレッシングと野菜のエキスを吸って、絶妙な味のバランスを保ちながらビーフジャキーのようなモッチリとした歯触りに変わり、一度食べたら癖になる味になります。
ファトゥーシュは、日本の精進料理のように野菜なのにタンパク質を摂ったような錯覚を覚えるサラダなのです。お腹も満足できるので、ベジタリアンにこの上なく喜ばれることうけあいです。
ミントは日本では飾りに使ったりお茶にしたりしますが、サラダとしていただいてもとても美味しくいただけます。お庭にミントのある方はぜひこのファトゥーシュをお試しあれ!
私がイスラエルとアラブ諸国の関係を知ったのは、実際にレバノンに行ってからです。
それまでは遠いアラブの国々で何が起こっていようと、なんの興味もありませんでした。
しかし、レバノンに住むようになって、イスラエルから飛んでくる戦闘機を目の当たりにするとそういう訳にもいかず、中東の不調和に徐々に関心も持つようになりました。
また、その中東の紛争ことを知らずに大人になったことをとても恥ずかしいことだと思いました。
私が世界情勢に無知であったのは、自分の勉強不足ということもありますが、もう一つにはあまりに平和な日本に生まれ育ったからだともいえます。それをあたりまえだと思いこみ、自分のおかれた環境に甘んじ、感謝さえせずにダラダラと生活していました。しかし、世界には大変な状況下で生活を強いられている人々が沢山いるのです。こういうことを幼い時に詳しく教えてくれる大人が私の周りにいたら、人生感も変わっていたでしょう。もっと自分に責任のある生き方をしていたかもしれません。
さかのぼること20年前、ナイジェリアのインターナショナルスクールでは、一年に一度インターナショナルデーというものがあり、その日は母親たちが自国のお料理を学校に持ち寄り、子ども達にそれを振る舞いました。
広い体育館には国別にテーブルが並べられ、様々なお料理が並べられました。
中には、政治的配慮をしたとは思えない配置もありました。争いの絶えないイスラエルとレバノンのテーブルが隣り合わせなって置かれていたのです。
私は両方の国の母親たちと友達だったので、隣り合うテーブルを行ったり来たりしながら、彼らの自慢の料理を食べ歩いていました。そして、その時に確信したのが、彼らのルーツは絶対一緒であったろうということです。
両国の食べ物は、味付けも材料も食べ方も同じなのです。面白ことに彼ら自身も隣のテーブルを見て、そのことに驚いていました。
その時にイスラエルのテーブルにあったのがチーズボールです。
子どもでなくてもこのボールで遊びたくなるような丸いボールです。
冗談にだれか声をかけます。
“Let's play with the ball! Wow, it's a cheese ball.”
子ども達も集まって来て、そのチーズボールに目を丸くします。
そこには笑いがあり、笑顔がありました。
母親の一人がチーズボールの欠片を子どもの口に入れてあげました。
“Yummy!”
美味しいものはいつも人々を幸せにします。
遠く離れた国同士の戦いはこの体育館の中には存在しません。
子ども大人もそんなもの関係ないのです。
そこには平和しかありえないのです。
お料理を通して文化が見えてくることがあります。
人々のルーツが見えて来ることがあります。
特に香辛料は人々の食生活と密接な関係があるようです。どのように伝わってきたかということに私は興味を覚えます。
インドの香辛料をよく使うアフリカ東海岸のお料理。
ニューオリンズのクレオール料理は、アフリカ西海岸の影響を受けています。
フランス人がカナダに持ち込んだケイジャン料理はその後、カナダ移民がアメリカ南部に持ち込み、独自の変化を遂げていきます。
また、そのケイジャン料理に使う香辛料は、ブラジル料理にもつながるところがあります。
日本は島国ですので、香辛料文化に関しては「発展途上国」といえるかもしれません。
海外に住んでみて、日本にいるときは考えなかったことを香辛料が教えてくれることもあります。
わたしが今まで海外で見てきたこと、感じたこと、香辛料のこと、そしてこのチーズボールのことも、しっかり日本の子ども達に伝えたいと思っています。
その時には遊び心をもって、
“Let's play with the cheese ball!”
と、いいたいものです。
◎材料(4人分)
バタタとはアラビア語でポテトという意味です。
レバノンのポテトは手のひらを開いたくらい大きいのですが、
土壌や気候がポテトに適しているのでしょうか?
またそのバタタが、ほくほくとても美味しいのです。
レバノン滞在中は、どこのレストランに行っても大盛りのフライドバタタが出てきました。
その頃食べ盛りだった我が家の子供たちには、学校から帰ってきて食べるホームメードのフライドバタタが最高のおやつでした。いまでも、手のひらサイズの大きなメイクイーンが手に入ると、私はフライドポテトを彼らに作ってあげます。
よく洗い、皮が付いたまま1cm幅の縦長に切り、油で揚げ、仕上げに塩と胡椒をふります。このように皮付きのままの揚げたポテトを、欧米ではジャケットポテトと呼びます。まるで、ポテトがジャケットを着ているようだからです。
レバノン人の主食はポテト(バタタ)ではないので、バタタは日本人同様、野菜として分類されているようです。でもその食べる量は、野菜というより主食のように大量で、ポテト好きのドイツ人もびっくりするほどです。
そういえば、レバノンの代表的なバタタ料理の一つに、ドイツのジャーマンポテトに似たものがあります。といっても、ジャーマンポテトようにベーコンやタマネギを入れるわけではなく、コリアンダーとガーリックで味付けして最後にレモンをたっぷりしぼるというだけのシンプルなもの。
このお料理は、素材本来の味を楽しむのに最適なソテーではないかと思います。
ドイツのジャーマンポテトがビールによくあうとすれば、レバニーズバタタは絶対白ワインによくあうと思います。
今日はそのレバノンのバタタ料理をご紹介いたしましょう。
注:コリアンダーは洗って水気をクッキングペーパーなどで丁寧に拭き取り、
主に葉っぱのところを使います。
茎は捨てずにそのまま冷凍して、チキンやマトンなどのつけ込み用香味野菜として
利用されるといいでしょう。
レバノンばかりでなくアラブの家庭では、常にとても沢山の量のお料理を作ります。
家族が多いということもありますが、その前にまず、彼らは少ない量のお料理を見ても「美味しそう!」とは思わないようなのです。
そんなアラブの人々に、日本の懐石料理がどのように受け取られるのかは興味があるところです。
もちろん、彼らだって繊細で美しい芸術的なお料理に目を奪われるに違いありませんが、それを直感的に美味しそうと思うかどうか、いつか聞いてみたいと思っています。
そんなわけで、今日ご紹介するレバノンのバタタ料理は、ぜひ大量に作って大皿に山のように盛って食べてください。中近東の食卓の様子を少し感じて欲しいと思うからです。
また、イギリスではフライドポテトにモルト酢(大麦の麦芽を原料とする酢)をたっぷりかけていただきます。これはお酢をかけることによってフライドポテトの美味しさが増すといわれているからです。
イギリス人の友人からのこんな話を聞かされたことがあります。
フィッシュアンドチップス(Fish & Chips)を食べに行くと、子供たちが大騒ぎしながら「マミー、フライドポテトに酢をかけてよ。もっと、もっと、もっと、いっぱい」と、おねだりするそうです。
その話を聞いていたので、レバノンのバタタ料理にレモンをたっぷり絞り入れることにとても共感を覚えたものです。
ポテトと酸っぱいものは相性がいいのでしょうか?
または、消化を助ける働きでもあるのでしょうか?
そんな素朴な疑問も持ち上がってくるのです。
最後に、レバノンにはポテト村いう愛称で呼ばれている小さな村があります。
その名を「バカカシャ」といいます。「バカカシャのバタタ」って、
なんだか響きが素敵でしょう?
レバノンでは肉を色で分類します。
赤肉と白肉????
初めてこの響きを聴いたときは、おやおや、どういう意味かな? と、たじろぎましたが、すぐに納得しました。
赤肉は牛肉やマトン肉、白肉は鶏肉です。
今回ご紹介するシチューは赤肉のシチューです。
赤肉は、特別な香辛料を使って柔らかくなるまで煮ます。
添え物の野菜は、種類を少なく色どり重視で選択し、煮崩れない程度にさらりと軽く煮て、上品にお皿に盛ることを薦めます。
今回は冬野菜の代表選手とも言える白カブといんげんの二種類を入れて、赤肉の応援団にします。
赤肉の臭味をとるためにレバノン人が愛してやまない香辛料はをたっぷり入れてコトコト煮込むとき、家のなかに漂う匂いはもうご馳走の入口みたいなものです。
香辛料は自分で調合して、つぶしながら香りを楽しみます。
◎材料
ご飯は緑豆をいれて炊き、少量の油で素揚げしたパスタを2cmくらいの長さにバリバリ割ってご飯に突き刺します。私は、この作業をしているときにいつも、わくわくしながら食べる子供たちの顔が一瞬目に浮かびます。人生でいちばん幸せを感じる瞬間です。このご飯を私はツンツンピラフと呼んでいます。
異国情緒満載のシチューとちょっと歯ごたえのある緑豆入りのツンツンピラフ、パリパリと音を立てるパスタのバランスが絶妙です。
サラダはシンプルに、シェリービネガー(シェリー酒を発酵させて作った酢)とオリーブオイルに、塩・コショウしただけのドレッシングをおすすめします。
シェリービネガーは酸味が強いのですが、一度好きになるとほかのビネガーには戻れない爽やかな魅力を持っています。
バルサミコ酢の甘さが気になる方にこのシェリービネガーはお勧めです。
◎材料(3~4人分)
シュワルマといっても別にワルモノではありません。
シュワルマは中東のファーストフードでありソウルフードでもあります。
シュワルマは肉の塊を大きな串に刺して火であぶり、焼けたところをナイフで削ぎ落としてパンに載せていただくのです。
アメリカのハンバーグやホットドック、日本の立ち食いそば屋さんのように中東の街の至るところでお目にかかれます。最近は日本にもちらほら、シュワルマ屋さんが進出してきたようです。
地域によってその形はさまざまで、ピタパンのポケットに詰めていただくシュワルマもあれば、レバノンのように大きな丸いパンに巻いていただくシュワルマもあります。
またシュワルマの中身の肉も、鶏肉、マトン、牛肉、ターキー、山羊の肉…とさまざま。
それに添える野菜もレタス、キャベツ、トマト、キュウリ、玉ねぎ、タブレ、フライドポテト…と多様です。
また、シュワルマにかけるソースもホモスであったり、ガーリックソース、ヨーグルトソース、あるいは辛いオーロラソースでもよく、ルールというものがありません。
私の住んでいた頃のレバノンはというと、19年続いた内戦で道路整備が不十分なうえ、復興に向けて人々が勢力的に移動しているので、道路はいつも渋滞、街の至る所でクラクションが鳴り響いていました。
事故でも起こそうものなら群衆に取り囲まれて身動きできなくなるという最悪な状況も予想され、またモスレム教の影響で女性があまり運転をしない慣習があって、この国では運転に自信がある私もハンドルをにぎることはできませんでした。
しかし、わが家では子供達の学校の送り迎え、日々の買い物、婦人同士のランチや夜の社交等々、車を利用しないわけにはいかないのです。ですから、レバノン人の運転手トニーを雇っていました。トニーは母国語のアラビア語のほかに英語とフランス語を話すとても優秀な若者でした。それほど優秀であっても正規の職に就けないのが当時のレバノンの社会情勢だったのです。
レバノンでは運転手を雇うのは特別なことではなく、雇用を増やすという大切な社会貢献の役割もあり、ほとんどの外国人や裕福なレバノン人は運転手を雇っていました。私達家族は、トニーがいたお陰でレバノンの隅々まで行くことができ、レバノンのことを深く知ることができ、彼なしには快適なレバノン生活が成り立たなかったと、今でも感謝しています。
ベイルートの街には運転手があふれており、彼等のコミュニケーションは活発で、どこの奥さんが意地悪だとか、どこのご主人が浮気をしているとかに至るまで、その情報網はクモの巣のように張り巡らされていました。
もちろんおいしいシュワルマの店についての情報収集は彼等の得意分野。トニーはそんなとっておきの情報をおもしろがって私に逐一伝えてくれ、話題になっている新しいシュワルマの店があると、私達を山奥まで連れていってくれました。
レバノンのシュワルマと他の国のシュワルマの決定的な違いはパンとフライドポテトにあります。
レバノンではピタパンのポケットに具材を入れるのではなくレバニーズブレットとも呼ばれる大きな丸いパンを使います。(在レバノンの日本人の間ではヤニパンとも呼ばれていました)
この大きな丸いパンを2枚に引き裂き片方に、具材を載せます。
肉は好みでチキンかビーフ、それに好みの野菜をのせますが、欠かせないのがトマトと玉ねぎ、フライドポテトです。
ドレッシングはタヒニソースといって、胡麻のペーストとニンニクでできた香ばしいドレッシングを上から垂らします。そしてこれらのものをクルクルまいて恵方巻きのようにかじりつくのです。
始めてフライドポテトがパンの中に入っているのを見たときは少し違和感を思えましたが、だんだんにそのわけが分かってきたのです。それはポテトが肉汁や野菜のうまみを吸収して、シュワルマをさらにおいしくしてくれるからなのです。
串刺しにして焼く肉は、店ごとにクミン、ナツメグ、オールスパイス、カルダモン…など、スパイスの種類も量も異なる秘伝のたれにつけ込まれており、そこから出てくる肉汁はドレッシングと絡んでさらに濃厚なソースになります。このソースの味こそが、その店の特徴になるのです。
この秘伝の味こそが、運転手達に行列を作らせる要因になっているのです。
では、シュワルマは店頭でしか食べられないのかというとそうでもありません。家庭でも簡単にいただけるのです。
レバノンのスーパーマーケットの肉のコーナーには必ず、シュワルマの肉用に独自のたれにつけ込こんだチキンやビーフが売られていました。
それを買ってきて、フライパンで焼き、パンにのせれば、家でも簡単なシュワルマがつくれるのです。
今回、ご紹介するのは家庭で簡単に作れるチキンのシュワルマです。
わが家では、夏場の冷蔵庫にはいつもシュワルマ用につけ込んだチキンが保存されています。ササッと焼いてパンにはさんで夏野菜といただきます。パンがないときはご飯の上に載せてもOKです。
また、わが家流のドレッシングは、ヨーグルトとマヨネーズ、レモン汁を絞って塩で味を付けただけの簡単なヨーグルトソースで、保存もできます。
また、今回の撮影用のヤニパンは、手作りパンの先生をしている妹が特別に焼いてくれたものです。
レバノン料理のなかでもメゼ(前菜)に欠かせない、最も有名なお料理がタブレです。
そして、そのタブレに必要不可欠なものがブルガー小麦(bulgur)なのです。
では、そのタブレとはどういう食べ物でしょうか?
タブレは英語表記ではtobboulehと大変スペルが長い。
最初にレバノンのレストランでメニューを見て、たいそうなお料理が出てくると思いきや、あまりに簡単なサラダだったのでちょっとがっかり。また、中身のほとんどがパセリと来れば、テンションが下がるのも分かっていただけると思います。パセリは日本ではお料理のお飾りとして使うというイメージでしたので。
しかし、タブレを一口食べると今までにない新食感のサラダでした。
アラビアの人たちが何千年も食べて続けている理由が分かります。
中東のあの乾いた風土の中でいただくタブレはすっぱく爽やかで、香ばしくもあり、体の中にすんなりと溶け込むようなサラダなのです。
一度に好きになるfall in love的な好感度ではなく、だんだん体か好きになっていく、そんなever love的な食べ物といってもいいかもしれません。
レバノンでは「タブレを食べていれば医者知らず!」といわれるくらいの健康食なのです。
また、どんな食材とも相性がよく、組み合わせたお料理の良さを高めてくれる相乗作用も抜群。他のお料理まで美味しくしてくれるのだから、私はタブレはサラダというより「調味料」ではないかとも思っているのです。
ピタパンにはもちろんのこと、軽く焼いたバケットや炊きたての白いご飯、湯がいただけのショートパスタ、こんがり焼いた鶏肉や豚肉……etc
タブレといっしょにいただくと魔法のように美味しくなります。
さて、最初にも少し触れましたが、タブレの中にブルガーという小麦の粒が入っていることを忘れてはいけません。
ブルガーによってタブレの美味しさは成り立っているといってもいいくらいです。
では、そのブルガーとはどんな食材でしょう?
ブルガーは、全粒種の小麦をいったん蒸して、乾燥させ挽き割にした食材です。
日本の乾物と同じように、いったん水に浸してふやかして使用します。
ビタミンBや鉄分を多く含み、栄養価が高く、さらに繊維質も多くてお腹に優しく、腸の掃除をしてくれる究極のダイエット食だといわれています。
ベジタリアンにとっては嬉しい、栄養補給のスーパー食材になり得るのです。
ブルガーは、レバノン料理のいろいろな場面で使われます。レバノンのどのスーパーマーケットでも買うことができ、レバノン人のキッチンには必ず常備してある食材のひとつです。
日本ではあまり目にすることはないようですが外国人が出入りしているスーパーマーケットに行けば購入することができます。(例えば麻布十番の日進や広尾のナショナル、またはインターネット通販など)
ブルガーは具体的にどのようにレバノンで使われているのでしょうか?
驚くほどいろいろな使い道があるのです。
パンの生地に入れる、スープに入れる、ピラフに入れる、詰め物のつなぎとして入れる、揚げ物の衣として使う、ヨーグルトに入れデザートとしていただく、そして、タブレに使うのです。
なぜ、タブレにブルガーが必要なのか?
それはとても論理的。材料のパセリもトマトも玉ねぎも水分を沢山含んだ野菜です。それにオリーブオイルとレモンの絞り汁をたっぷり入れるのですから、水っぽくなるのは必然なのです。そこでブルガーがそれらの水分を吸い取り、またその吸い取った水分を美味しいスープのようにして材料にからめてくれる。ですから、口に入れたとたんに爽やかな味が広がるのです。
レバノンで我が家によく遊びに来ていたレバノン人のサミエルくん。
私の初めて作ったタブレを彼が食べてくれたときのお話しですが、わたしの口には本当に美味しくできあがった自信作のタブレを彼は、
「ダメダメ。これは酸っぱさが足りない」
「………!」
それ以来、タブレは日本人の舌で酸っぱいと感じたくらいが、本場の味だと認識しています。
タブレは新鮮なうちに食べるのが一番なのはいうまでもないのですが、2〜3日冷蔵庫に保存もできます。日にちのたったタブレはサラダというよりソースのようでもあり、いろいろなお料理のアレンジが楽しめます。
また、レバノンではイタリアンパセリ(葉が平たいパセリ)を使いますが、日本のパセリのように葉が縮れているパセリを作っても、味や風味は変わりません。
どうぞ、このタブレで今年の夏の暑さを乗り切ってください。
◎材料(10個分)
「私を狂わせる」もの、それは紛れもなくナッツです。
ビタミンEを豊富に含んだナッツはどれもとってもおいしいし、身体を元気にしてくれます。いえ、元気どころか細胞を若返らせてくれるのです!
日本人はあまりナッツを食べないようですが、アメリカでも、私が住んでいたレバノンでもナッツをたくさん食べます。
おやつにお酒のおつまみに、お料理にもナッツが大活躍なのです。
私は日本を出るまではナッツと言えばピーナッツとアーモンドぐらいしか知りませんでした。それも、毎日口にするものではなく、たまたま何かと一緒にいただく食べ物という印象でした。
ところが、外国では子供たちがナッツをバリバリ口に頬張っておいしそうに食べているのです。ちょっとしたパーティーのテーブルには必ずナッツが用意されていました。
また、中東のご飯には何かしらナッツが入っていて、ご飯の柔らかさと異なる食感が、いい味を出していました。
世界には色々な種類のナッツがあるということも、外国に住んでみて発見したことの一つです。
今ではわが家の食卓にはいつも数種類のナッツが入った瓶が置いてあります。
健康オタクの夫が、さまざまなナッツを調合してミックスナッツを作ってくれるのです。
私は疲れたとき、小腹がすいた時、食後のデザートに、サプリメントを摂るような気持ちでナッツを食べています。
そして、よく噛んでおまじないを唱えるのです。
「美人にな~れ!」
そんなナッツフリークの私としては、もっと多くの日本人にナッツのよさを知ってもらいたい!特に子供たちにもっとナッツを食べさせてあげたい!
学校給食にもナッツを大いに取り入れていただき、よく噛む子、頭のいい子、栄養バランスのいい子を育ててもらいたいのです。
そこで、こんなお菓子を作ってみました。人呼んで「コックローチ(ゴキブリ)」です。
何ごとにも茶目っ気が大事!
みんなの驚く顔や、クスっと笑うその瞬間の笑顔が大好きだから、こんないたずらを考えついたのです。
テーブルにさりげなく置いておき、学校から帰ってきた子供たちに、仕事から帰ってきた夫に「コックローチがあるから、食べてね!」と、声をかける。
ちょっと楽しくないですか?
流通が今ほど発達していなかった時代、パリの街角で柿が売られていました。
私は飛び上がって喜び、カートにさまざまな果物を乗せて行商しているおじさんに、「これはどこから来たのですか?」と聞きました。
すると「イスラエルから」という答えが返ってきました。
そして、その柿には、"kaki"という名前がつけられていたのです。
どのようにして柿の種がイスラエルに持ち込まれ、栽培されたのだろう?
一人思いをめぐらしながら、2個ほど買って、ホテルで食べました。
そして、時が流れ、レバノンに住むようになって、秋がきました。
何とレバノンでもkakiが売られていたのです。
異国で日本の旬の味覚が味わえるなら、お金は惜しまない(!?)
「おいくら?」と聞くと、「3ドル」と答えが返ってきました。
やはり、お高い。でも仕方がない。家族のために買おう!と、決心しました。
すると店の人は、柿が3ダースほども入っている段ボールを一箱丸ごと
私に差し出したのです。
「はい。これ3ドル」
「えっ???」
こんなに安くていいの、と思っている私に、
店の人は「この柿はよく熟して、柔らかくなってから食べるように」と
注文をつけてきました。
なるほど、渋柿だったわけです。
でも、熟すのを待って食べたこの柿の美味しかったこと。
また、熟し切って柔らかくなった柿を、冷凍してシャーベットにして食べるのも乙で、
この方法はレバノンで知りました。
日本でも、友人の靖子さんが庭にたわわに実った柿2000個の処分に困っているというのを
聞きつけ、柿好きな私はさっそく頂戴しに参上しました。
そして、いただいた柿で干し柿とブランディー漬けを作ることにしました。
日本では焼酎に漬けて渋抜きをするのが一般的でしょうが、
私はブランディー漬けにして渋を抜きます(安いブランディーで充分なのです)。
焼酎よりまろやかな感じに仕上がります。
ただし、早めに召し上がってください。
長期保存したいときは、適当な大きさに切って冷凍するといいでしょう。
我が家では冷凍した柿は、蜂蜜を入れたヨーグルトと合わせ、デザートとしていただきますが、柿と乳製品の相性が意外にいいことに驚きます。
レバノンではドライフルーツをよく食べます。
子供のおやつはもちろんのこと、パーティーのアぺタイザーとしてナッツ類と一緒にテーブルに並びますし、食後酒をいただく時にチーズと一緒に運ばれてくることも少なくありません。
ドライフルーツの王様は、なんといってもデーツ(ナツメヤシ)だと私は思います。
ドライデーツは、中東では滋養強壮の食べ物として重宝され、昔は砂漠に出かける時は必ず「3個ポケットに入れて行きなさい」とを言われていたそうです。遭難してもデーツが命を救ってくれると信じられていたのは、デーツの栄養価の高さが証明されていたからでしょう。
私もレバノンで初めてドライデーツを目にしたときは、不思議な形の食べ物だし色も悪いと思いました。しかし、こわごわ食べて見ると美味しい!すぐに日本の干し柿に似ていると思いました。
たわわに実ったナツメヤシの実を保存するため、そのまま乾かしてドライフルーツにするという発想は、一年を通して乾燥している中東では自然のなりゆきだったに違いありません。
アラビアのローレンスも、もしかしたらデーツを3個ポケットに忍ばせていたかも、なんて想像するとちょっとステキだと思いませんか?
イギリス人はスコッチをこよなく愛し、ビールを飲む人々をさげすんだ時代もあったという話を聞いたことがあります。
でも、知り合いのイギリスの外交官はビールが大好きで、よくカクテルパーティーの席で大瓶のビールをラッパ飲みしていました。その姿を見た時は、そんな話は昔話か作り話だったと確信しました。
ビールは万人に愛されるアルコールとして市民権を勝ち取っているのです。
そして、世界にはなんとたくさんのビールのブランドがあり、どの国、どの地方にも、その土地の気候や風土にあったビールが造り出されています。
ビールのブランドや無限大です。だとすればビールに合うお料理も無限大なはずです。
レバノンにはアザールという美味しいビールがあります。
アラブの国で生まれ育ってきたビールが遠く旅して、馬喰町ART+EATでも飲めるのですから、なんだかステキです。これはぜひ飲みにくるしかありませんね。
アザールは、アラブの中にあって唯一アルコールが楽しめる国、レバノンのビールなのです。アラブ人に愛されたビールです。
レバノンにはアラブの諸国から多くの旅行客がアルコールを飲みにやってきます。アザールを飲んだ人々は、どんなに心を癒されるかわかりません。
乾いた土地で飲むビールは咽を潤し、ビールとともに頂くレバノン料理、特に前菜であるメッセの味を一段と美味しくすることは言うまでもありません。
メッセの中でも、ファタイヤは本当にビールに合うと私は思っています。
ファタイヤは、日本で言うお焼きのようなものです。
前回もファタイヤについて触れましたが、ファタイヤには色々な種類があり、家庭によって形も中身も作り方も違うのです。
ファタイヤは、太古の昔から航海貿易で栄えたフェニキア人の末裔であるレバノン人によって、郷里の味、家庭の味、母の味として重宝され、今日に引き継がれてきたのではないでしょうか。
また、ファタイヤは、ミンチした羊の肉などを入れることによりミートパイとなります。そんな風に少しずつ変化しながら、西洋の国々に進出して行ったのではないかと想像するのです。
しかし、レバノンでは、ファタイヤはあくまでもメッセの一品であり、ベジタリアンの前菜として楽しむことが多いようです。
◎材料(10個分)
以前、住んでいたアメリカのポートランドでは地ビール工場があちらこちらにあり、また、その工場の中では独自な味のビールを造っていました。例えばハーブの香りのビールやレモン味のビール、あるいは自家製ギネスビール等々、それが美味しいかどうかは別にして、このようなビール工場には、必ずといっていいほどレストランが隣接され、出来たてのビールが頂けました。
そこで、新鮮なビールとともにビールの味を引き立てる料理を食べるのは最高に幸せな一時でした。
私達が友人たちとよく連れだって行っていたビール工場のレストランではビアーソーセージが一番人気。ビアーソーセージとはそこのビールとよく合う選ばれたソーセージだけに与えられる呼び名で、ビールが入ったソーセージではないことを後で知りました。
このように地ビールに合うその土地のお料理が絶対あるはずですが、それがレバノンではレバノン式おやき、ファタイヤだと私は思うのです。
同じように思いを巡らせればナイジェリアでは、イコイクラブのスーヤ(牛肉の串焼き)であり、
ニューオリンズではクローフィシュ(ザリガニ)の塩ゆであり、
インドではクミンの実が舌に刺さる激辛のサモサであり、、、、、
メキシコでは???
香港では???
エチオピアでは???
と、考えているとなんて楽しいのでしょう。
考えているだけで心地よくほろ酔い気分になりました。
小川先生のこと
小川先生は、世界各国で生活した体験を生かして、
日本中近東アフリカ婦人会のメンバーとして国際交流のための活動をする傍ら、
馬喰町ART+EATのフードプロデューサーとして活躍されています。