馬喰町ART+EATのランチのレシピを作っている料理研究家・小川美穂が綴る「世界の食をめぐる」楽しいエッセー。実際に滞在したアフリカや中近東の国々のおいしい家庭料理の作り方や、「食」をキーワードにして観たそれぞれのお国柄、興味深いエピソード満載のページです。
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私がレバノンにもう一度帰りたいと思う理由のひとつに、レバノンのお菓子があります。
心ゆくまであの甘いお菓子を食べたいと思うのです。
私の心をつかんだアラブのお菓子は、一つ一つは小さく、
手でつまんでそのまま口に運んで一口でいただけます。
どのお菓子にもアーモンド、クルミ、胡麻、ピスタッチオなどがたっぷり入っています。
そして、その甘さが半端ではないのです。
さらに、ナッツとドライフルーツとシロップが混ざり合った複雑な風味が、
何ともいえない幸せ感を与えてくれます。
ほっぺが落ちるとはこのことじゃないかしら?
レバノンの街角にあるお菓子屋さんに足を踏み入れると、
信じられない種類のお菓子が店先に並べられていて、どれを買おうか迷ってしまいます。
でも大丈夫。どんなに迷っても日本と違って100g単位の量り売りなので、
好きなものをあれこれ少しずつ買うことができます。
フォレといわれるワンタンの皮のようなものを何枚も重ねて焼き上げたお菓子は、
代表的なレバノンのお菓子のバクラバ。これにはたっぷりのピスタッチオが入っています。
また、鳥の巣のようなカナファは、食べるのにちゅうちょするくらい可愛いお菓子です。
名前を忘れてしまいましたが、モッツレラチーズのシロップ付けのようなお菓子は、
焼きたてが最高に美味しいのです。
レバノンの運転手のトニーが言いました。
「これは昔から朝食に食べられていますよ。
これを食べて仕事に出かけると夕方までお腹が空かないものですからね」
なるほど、一口食べて納得しました。カロリーが相当高そうです。
でも、もう一度レバノンに帰ることがあれば、
これは絶対食べたいお菓子リストのナンバー1です。
19年続いた内戦の間も人々はこれらのお菓子によって、
心を癒されていたに違いありません。
伝統のお菓子の製法や味は、どんな悲惨な情況下でも変わることなく
脈々と次世代に引き継がれてきたのではないでしょうか。
だとしたら、このアラブのお菓子たちは、芸術品と呼んでもよいくらいでしょう。
日本から裏千家のお茶の先生の一行がレバノンに文化交流に訪問された時も、
お茶会ではアラブのお菓子たちが大活躍しました。
団長の黒田宗光先生は、アラブのお菓子のすばらしさにいち早く目をつけ、
お茶菓子にアラブのお菓子を選ばれました。
黒田先生が日本の文化とアラブのお菓子を融和させたのです。
さすがです。一流の茶人だと恐れ入りました。
この5月、馬喰町ART+EATでアーティストの蓜島庸二さんが割れ茶会を催されたときも、
私はこのことを思い出して、ピスタッチオと胡麻のお菓子を作ってみました。
今回はそのレシピをご紹介しましょう。
◎材料(20枚分)
クスクス、
思わず微笑みたくなる響き。
その可愛さゆえに妙に異国情緒をかき立てられます。
「いったいどんな食べものだろう」って。
中東の小さな国レバノンに行くまでは、アラブの国ならどこでもクスクスが食べられると思っていました。
でも、レバノンのレストランのメニューにクスクスはありませんでした。
後になって、クスクスは、アラブでも主に地中海沿岸のアフリカ北部の国々でよく食べられると聞きました。
友人の女医コロゾンはフィリピン人で、長年アメリカのワシントンDCの病院で働いていたバリバリのキャリアウーマンです。
チュニジア人と結婚し、レバノンには国連職員のご主人をサポートする主婦として赴任してきたと胸を張ります。
日本料理の作り方を教えてくれというので、私は彼女にすしの作り方や豆腐の作り方などを教えてあげました。
かわりに私は、彼女にチュニジアの家庭で食べられるクスクスの作り方を教えてもらうことしました。
コロゾンの台所には、私が初めて見る調理器具がいろいろありました。
ヘンテコな形の2階建ての鍋、それはクスクスを蒸すための蒸し器でした。
また、今では日本でも有名になった円錐型のタジン鍋も、私はそのとき初めて目にしたのです。
彼女は私と友人のマリービックに、どのようにそれらを使うかをひと通り説明してから、自分にはもっと簡単に作れる方法があるのだと言いました。
今は電子レンジもあるし、ガスコンロも進化して火の調節が簡単にできるので、昔ながらの調理道具は使わず、文明の利器を活用するのだと言うのです。
忙しいキャリアウーマンならではの発想かもしれません。
ここではコロゾンのやり方で、クスクスは電子レンジで作り、クスクスのためのシチューはお鍋で作ります。
さあ、忙しいあなたのためのspeedy cookingの始まりです。
◎材料(4〜5人分)
*万能トマトソース(小川美穂の馬喰町料理ノート第20回参照)があると、時間が短縮される上に、もっと美味しいシチューができること請け合いです。
<クスクス>
◎材料(4〜5人分)
レバノンでは10月になると、木の箱いっぱいに詰められたリンゴが山から運ばれ、街の市場に並びます。
赤いリンゴの色が一気に街を活気づける光景です。
日本のリンゴよりやや小振りで形はまちまちなのだけれど、甘酸っぱくて結構おいしいリンゴです。
レバノン人は、アダムとイヴがリンゴを齧った時代から、レバノンにはリンゴが存在していたと言うのです。 だから、リンゴはレバノンが発祥の地だと胸を張ります。
レバノンでは、もちろん柑橘系の果物、オレンジ、ライム、レモンなども豊富に採れます。
こんなふうに、暖かい国で採れる柑橘系果物と、寒い国の果実リンゴが両方採れる土地柄は珍しいと思いませんか?
レバノンは、とても不思議なところなのです。
レバノン人の友人、サマルは、「リンゴは箱ごと買って、タンスの引き出しにしまっておきなさい」と勧めます。
そうすると部屋中がリンゴのよい香りに包まれ、リンゴもタンスの中で熟しておいしくなると言うのです。
食べる前に芳香剤としても利用するとは、なんと合理的なアイディアでしょう。
これぞフェニキア人の末裔、たくましいレバノン人です。
リンゴをふんだんに使ったアップルクリスプは、パイのようなデザートですが、パイより簡単に作れるのでホームメードに最適です。
◎材料(18cmパイ皿1個分)
アップルクリスプは、もちろんそのまま食べてリンゴ本来の香りや味を堪能してもよいのですが、王道はなんと言っても焼きたてのアップルクリスプにバニラアイスクリームをトッピングしていただく方法です。
熱々のアップルクリスプに冷たいアイスクリームが溶けて絡まり、よりいっそうリンゴの風味が引き立ちますよ。
小川先生のこと
小川先生は、世界各国で生活した体験を生かして、
日本中近東アフリカ婦人会のメンバーとして国際交流のための活動をする傍ら、
馬喰町ART+EATのフードプロデューサーとして活躍されています。